左手ちゃんの日記

すぐしにたくなっちゃう人の日記

おんな

ヤッホー!左手ちゃんだよ。

愛すべき読者のみんなは元気かな?

 

私はいつも通り死にたい気持ちとたたかいながら生きているよ(瀕死!)

 

今日は知って欲しいことがあってこのブログを書いています。

 

これを読んでいる人、

おんなというだけで、酷い目にあったことはある?

 

私は何回もあるよ。

 

まあ生理とか機能的なしんどさは一旦横に置いておいて、人間関係におけるおんなの苦労について、垣間見たことがない人には知って欲しい。

嫌な思いをした人は、心に余裕がある時だけこれを読むように!(思い出したくなかったら読まんで大丈夫)

 

1個目。

新卒で入社した会社で営業の打ち合わせに同席するってなったときに「私は何をすればいいですか?」と聞いたら「女の子はそこにいて笑っていてくれるだけでいいから、花だからね笑」と言われた時。

 

舐めてんのかクソジジイーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!てめえのそのスカスカの脳みそをほじくり返して彼岸花詰めてやろうかー!!!!!!!!

 

はい次。

 

自分から飯を奢ると言ったくせに役職者が「じゃあ今からまんこで返してもらおうかな笑」と言ってきた時ー!

そのあと2人になった瞬間に方向違うから別れようとしたら「方向が違くてよかったよ、一緒だったらさ、ほら、」と耳元で囁いてきた時ー!!!!!!

 

シンプルに死んでくれー!!!!

ちなみにそいつは役職者で妻子持ちだった。

 

次。

 

それをセクハラで人事に相談したら(若くて役職がないからって)被害に遭った私の方が異動を言い渡された挙句、何かを勘違いした本人が「そういうことすると、君のことを守ってあげられなくなるよ?」と脅しに突撃してきた時ー!!!!!!

 

てめえからおれを守ってくれ〜!!!!頼むお前は、世のため人のため滅びてくれ〜!!!!!!!!!!!!!!!!

 

どんどん行きます。

 

60代ぐらいの役職者ジジイから食事に誘われて行ったら掘りごたつ式の座席で足を触られてそのあと告白をされてしまったとき〜!!!!!!!!!!

 

こいつも妻子持ち!というか孫がいた!

頼む、頼むから死んでくれ。頼む。

 

こういうことがあって心底嫌気がさしていたのに転職先でまた役職者(既婚子持ち)から2人で食事に行こうと誘われて断って、人事に相談したらなぜか役員(男性)と面談になって、役員に「左手さんは過去の経緯があるからそう思うのでは、どの職場でも同じような人はいるから今後のために病院へ行った方がいい」と言われた時〜!!!!!!

 

病院には行ってるし余計なお世話!!!!!!!!!どの会社にもキモいじじいはいるがおれが病院に行く事で悪が滅びるんですか!?!!?ええ!?!!!?!!

前後関係おかしいだろ。ロジカルシンキング研修受けてきてくださいね〜〜〜。

 

最後!

 

今。

 

今ね、本当に厳しいんだけど、そういう事情があって職を転々としてきて、また同じような60代の役職者白髪ジジイから付きまとわれていました。

 

なんで、なんで、なんで???

なんでなんだよ、私何もしてないんだよ、仕事してるだけなんだ、なんでなんだよ。

 

悲しいことに対処に慣れてしまって、自分を守るためにそういう言動を記録した上で複数回たまったら人事に然るべきタイミングで相談して、対応が遅れたら私からリマインドして、リマインドしてもダメだったから派遣元に相談してつついてもらって…。

 

私ここまでしないとダメなのかなあ。

なんでいつもこんなことになっちゃうのかな、私が悪いのかなって、ずっと苦しくて、それでも戦うしかなくて、私は働きたい、一人で生きて、ふつうに暮らしたいだけなの。

 

でもどうしてそれがこんな、おんなというだけで、こんなに苦しい思いをしないといけないんだろう。

 

私もう十分戦ったんだよ。

今日も誰にもバレないようにひとりで職場のトイレで音姫のボタンを連打しながらすすり泣いて化粧全部落ちちゃったけどそれでも抗不安薬飲んで仕事に戻って、帰りの電車でまた泣いて、でもお金ないから明日も全然出社する予定だけどね。

 

なんでこんな文章を書いてるかって、知って欲しいからです。

 

こういう世界を見た事がない人に、おんなであるだけで酷い目に遭うことってあるよって。

 

見た事がない人はね、平気で「おおげさだよ」とか言ってくるからさ。

 

でもきっとこれを読んでいる人は私のことが少なからず好きな人だから、多分そんな酷いことをするような人じゃないだろうけどね。

 

私はいっとき、こういうことがあったから女の体を捨てたいとずっと思ってた。

ある時、どちらの性別に生まれても何かしらの苦労はあるだろうなと気づいて自分の性別を憎むことをやめたんだけど、それでもやっぱりこういう経験をするとやっぱりおんなであることを辞めたくなる時がある。今もね。

 

10年も20年も前の話とかじゃないんだよこれ。

左手ちゃんは2019年に社会人になったから、全部この7年間で起きた出来事だよ。

 

フェミニストがとかコンプライアンスがとか言われてても、現実は未だにどうしようもない悪がはびこっていて、かなりクソ喰らえです。終わってます。正直。

 

だから誰にともなく、こういう存在がいるんだよ、気づいてね、ちゃんとね、ってことを文章にして伝えておきたかった。

 

きっといちばん読んで欲しいような人には絶対に届かないのだけれど、それでもね。

 

私は!!!!!!!悪くない!!!!!!!!なにも!!!!!!!悪いことはしてない!!!!!!!今同じようなことでたたかってるひとたち!!!えらい!!!!!!大変だけど!私が戦えば未来のおんなが同じ思いをしなくて済む!!!!もちろん私もその中に含まれる!!!!キモイことをしてくるやつは全員死にな!!!!!!!!!!!

 

優しい人たち。そのままでいいです。生きて居てくれるだけで。いつも取り留めのない文章を読んでくれてありがとう。

 

めっちゃしんどいけど頑張って生き延びるからな。全ての敵が死ぬまで。

食べる=生きる/歌う≠生きる

読者のみんな、お久しぶり!

左手ちゃんです。

 

30も手前になって、まだまだずっと死にたいと思いながら死ねずにいる哀れな命だよ!

 

悪の元凶と思われた父親が灰になって5年が経過、生きてる方の家族とは2年くらい会ってないけど、相変わらず生きる上で悩みは尽きないし、薬がないと生きていけない日々を送っています。

 

いつかどこかで同じ悩みを持つ人の助けになればいいと思って、文章が古くなってもブログは永遠に消さずにいようとは思っているんだけど、一向に希死念慮は消える気配がなく、人間が優しいと思って嬉し涙を流す日もあれば、しにたくなって自分を傷つける日もあって、悲しい哉、結局あんまり変わってないのかなと思う。

 

そういう日々にあって、しにたい気持ちが強まる時、私はご飯が上手く食べられなくなる。

誰にとっても食べることって生きることと直結する行為だと思うんだけど、ご飯を食べるというのは、しにたいと思う気持ちに逆らう行為だから。

 

具体的に言うと1週間で体重が3キロ落ちたり、泣きながらご飯を食べる日が続いたりする。

 

本能に逆らうというのは並大抵なことではなく、しかし次の日も仕事があったりすると、ご飯は食べなければならないため、食べたくないと思いながら食べるご飯がいちばん不味い。

 

ご飯は家族の思い出と直結している。

 

いちばん悲惨な思い出は、私が誕生日の日にマクドナルドに行きたいと言ったら、父親がサラダがまずいと言い出して母親と喧嘩になったことだ。小さい時のことだがよく覚えていて、あの時の「店員さんに聞こえる声で言わないで」「どうして私の誕生日に喧嘩するの」という感情は未だに綺麗に冷凍保存されている。(今思うと、貧乏すぎて誕生日にマクドナルドを望んだ私が不憫すぎるとか、ファストフード店でサラダの質に文句を言う父親の常識のなさとか、冷静になって突っ込みたいことは山ほどあるのだが…)

 

あとは母親が腐ったレタスを食卓に出して長男が有り得ないぐらい怒鳴って母親が泣いたりとか、美味しいと言わないと母親がすぐ不機嫌になるので過剰に美味しいと口に出しながら食べないといけないプレッシャーとか、父親がバラエティ番組をみて芸能人を意味もなく罵る時の酷くいたたまれない空気とか、食事をしていて両親の喧嘩が始まった時に机の下に隠れて泣いたこととか……。暗いな。

 

まあ色々あって、私にはあんまり、食べるということに関して良い思い出がないので、余計に一人で食事をするのはというのがとても億劫だ。

 

それもあって、特に食べたいという感情とは縁遠いため、放っておいたら1日1食も食べずに過ごしていたことも過去にはあった。

今は幸い、心配してくれる人がいたりとか、少しは自分のことを大事にしようと思える瞬間が増えてきたりとか、そういうのがあって一人でいてもなるべく三食たべるようにはしている。(あれ?前進してるかも)

 

このあたりで私にとって自分を大事にする、生きる、食べる、ということがいかにハードルが高いかわかっていただけただろうと思うが、最近気づいたことがあって文章にしたためたくなったのでブログを書いている。

 

私は歌うのが好きだ。

 

このブログだけを読んでいる人は急になんだと思うかもしれないが、まあ聞いて欲しい。

 

物心ついた時から歌うのが好きだった。というよりは、歌うことで気持ちを発散してきた。

 

母親の愚痴と宗教の話を延々と聞く役だったわたしにとって、そもそも自分の気持ちを人前で言葉にすることはとても難しいことだった。

だから、学校でいじめに遭っていたことを一度も家族に話したことはなかったし、あの人たちは今も知らない。

 

だけど、歌はどんな日でも私のそばにあった。

 

両親が喧嘩して母親が出ていった日も、

父親が飲酒運転で向かいの幼なじみの家に車で追突してフロントガラスが粉々になった時も、

息ができなくなるまで兄に腹を殴られたあとに母に兄を許してあげてくれと頼まれた日も、

宗教の集会に行きたくないと言ったら産まなきゃ良かったと母に言われた日も、

父親が酒飲み過ぎて風呂場で便失禁した時に幼なじみの家の風呂を借りた情けない日も、

どんな怒りの日も悲しみの日も、大声で歌って気を晴らしてきた。

 

どんな日でも、歌は私の孤独のそばにいてくれた。

 

しかも喜ばしいことに、歌は生きることとは結びつかない!

それがどんなに救いになったか、考えるだけで泣いてしまいそうなほどだ。

 

だから私は死にたいと思う日も歌う。

言葉にできない複雑な気持ちを音に乗せて歌う。

 

食べるよりも、歌を歌うほうが私にとってはとてもかんたんで、だからたくさん歌うのだけど、ふとそれは、誰かにとっては不思議に見えたりするのかなと思ったから文に残したかった。

 

死にたいことと歌うことは矛盾しない。

 

日々誰かの作る音楽に救われるし、声を出して歌うことで気持ちが晴れる。

そういう、救われた記憶を持っているから、音楽という概念自体に大きな恩を感じていて、何かの形で返していきたいなあと思いながら、今日も死にたい日々を生きています。

 

死にたいと思いながら生きる愛しい人たち、不器用でもいいよ、私も毎日死にたいけど、生きててよかったと思えるような瞬間のため、泣きながら這いずり回ってでも生きているからね、いつか大丈夫になるよ、わかんないけど、そうだといいなって思いながら生きるしか、私たちには道がないみたいだ。

 

大丈夫になろうね、一緒に。

 

最後に、ご飯が美味しいと思わせてくれる大事な友達、いつもありがとう。あなたのような美しくかけがえのない存在がいるおかげで、少しだけ生きてみたいなという気持ちになれるんだよ。

また私とご飯を食べてね。がんばっていきるから。

 

 

 

 

私が人に質問や相談をするのを恐れるわけ

こんにちは!珍しく昼に書いています。

 

今日は、タイトル通りに「私が人に質問や相談をするのを恐れるわけ」を整理していきたいと思います。

 

はじめに、私は幼少期の記憶を、ある一部分の鮮烈な場面を除いてはほとんど思い出すことができません。

私が鮮烈に覚えている場面はいくつかあり、そのどれもが脳髄に刻まれたトラウマの一部分だからです。

生きるために覚えねばならなかった、これをしたら生存を脅かされるというような記憶だけが、27歳の今になっても映像を思い出せるほど鮮烈に、脳みそに保管されているというわけです。

 

さて、今回のタイトルですが、私がなぜ人に訊くのを恐れるかというのは、これもその幼少期のある記憶が関係してきます。

 

時期ははっきりしませんが、幼稚園か小学生の頃、私は父親に「森羅万象ってなに?」と無邪気に訊いてしまったことがありました。

 

ここで、読者の皆さんは森羅万象の意味がすらすらと答えられるでしょうか?

このようなブログをいつも読んでくださっている優しくも賢い頭脳をお持ちの諸氏におかれましては、すらすらと答えられた方もいるかもしれませんね。

 

ちなみに私は今でも答えられません。

 

ちなみに森羅万象とは…

宇宙に存在するすべての事物や現象。 天地の間にある一切の事象。 「森羅」は、無数に連なって並んでいること。

 

だそうです。

 

私は無邪気にも、コンビニに売られていた神羅万象チョコを見て、あまりにも抽象度が高すぎる語彙の意味について、父に訊ねてしまったのです。

 

スマホ時代の今日(こんにち)であれば、スマホで調べてその場で答えることも出来たでしょうが、その当時、意味は紙の辞書で調べるような時代であり、父親には答える準備など毛頭出来ていなかったのでしょう。

 

プライドが高く自己愛の強い父に、無邪気な疑問をなげかけてしまった幼い私は、「そんなことは聞くな!!!自分で調べろ!!!!」と酷く怒鳴られてしまいました。

 

社会人に対して言うならまだ理解できる言葉(それにしても酷く不親切に思う)ですが、当時の幼い私にはその叱責を受け止めきれず、「そうか、疑問に思っても訊いたらいけないんだ」と思い込んでしまいました。

 

おそらくそれがすべてのはじまりで、私がレーズンが干したぶどうであることを知らなかったように、親に質問すると怒られるという反射を脊髄に刻まれていた私は、人に質問することを極端に恐れるようになりました。

 

悲しいことに、そういうことが起因してか、社会に出てから初めて知ったことが多くありました。

人々が当たり前だと言うような、なぜ知らないの?というような、でも取るに足らない知識が私にはなくて、私はそれをずっと恥ずかしいと思ってきました。

 

そういうコンプレックスもあり、私は自分を無知であることを殊更に強調して振舞うことが多かったのですが、最近は少しずつそのコンプレックスから解放されてきたように思います。

 

今や私は大人ですし、自分で知識を得る手段もあり、知識欲がそれなりにある私は、知らないことがあればすぐその場で調べるため、だんだんと知識が着いてきて、自分の持っている知識を人に教えたりすることもできるようになりました。

 

なので、自分を「知らないこと」で卑下するのはもうやめようという決意表明のためにこのブログを書いています。

 

ていうか、案外管理職のおじさんも知らないこといっぱいあるし、なんなら私の方が詳しい分野だってあったりする。

そもそも生きてる年数が違うんだから、比べられる謂れもないしね。

 

ということで今日はこの辺で!

またなにか思い出したら書きます。

母親がカルト宗教にハマった原因を考察してみた

チャオ!左手ちゃんです。

 

皆さんはスーパーでわざわざ水を買ったことはありますか?

私は一人暮らししてからは無いです。

 

なぜこんなことを聞くのかというと、今日スーパーに行ってぼんやり思い出したので、母親がどうして宗教にハマってしまったのかを考えてみることにしました。

 

私は母親思いの、それはそれは優しい子だったので、お母さんの買い物にはいつもついて行き、買い物の荷物を運ぶのを手伝っていました。

 

※あとになって兄の結婚式で、「何もしてくれないのに、長男は色々してくれて(男兄弟はほとんど家事手伝いはしませんでした)」などと母親に言われたことは一生許しません。

 

そのとき、スーパーで水を買っていたのを思い出して、芋づる式に、そういえば実家には大きな浄水器が置いてあったなと思い出しました。

 

今思うと、母親は喘息であった自分と次男の健康状態を少しでも良くしたいと思っていたのかもしれません。

 

母親は、イースター島を待ち受けにすると喘息が治るとか、その類の迷信を信じるタイプでしたから、藁をもすがる思いで浄水器を買ったり、わざわざ水道水ではなくスーパーの水を使ったりしていたのだと思います。

 

「私は納豆だけ食べれれば幸せなのよ、だからあなたたちはお肉を食べなさい」が口癖の母親が、金がないことで父親と毎夜口論していた母親が、わざわざお金のかかる浄水器やスーパーで買える水に手を出していたのですから。

 

ぼんやりした記憶ですが、母は健康食品とかにもよく手を出していたように思います。

何年か前に会った時も私に「誰々さんから買ったの」と言って健康食品を勧めてきたりしていたので、根本は変わっていないのだと思いますが、健康食品からなぜ拠り所が宗教にうつってしまったのでしょうか。

 

私は長い間、それを自分のせいだと思ってきました。

母親が宗教にハマったきっかけは、「骨折していた時に祈ったら、骨があたたかくなった」からだと話していました。

そしてその骨折のきっかけを作ったのは、他でもない私自身でした。

 

小学校の運動会のあの日、ソーラン節を踊る時に着る用の黒いTシャツを家に忘れてしまった私は、それを家から取ってくるよう母に頼んだのです。

 

その日は雨が降っていて、滑りやすかったのかもしれません。

母は走って取りに行ったせいでこけてしまい、骨折してしまいました。

 

骨折した母の買い物を手伝ったあの日、「ちゃんと手伝いなさいよ!あんたのせいでこうなったんだから!」とスーパーで叱られたことを未だに覚えていて、それ以降私は、「私のせいで母親はカルト宗教にハマってしまったのだ。宗教にハマるきっかけは私が作ったのだ」と思い込んで、そのことをずっと悔やんでいました。

 

しかもよく覚えているのですが、結局運動会は天候が悪かったため延期になり、その日黒いTシャツは必要なかったのです。

それが余計私に後悔の念を抱かせました。

 

あの日あんなことを頼まなければ、個人情報がバキバキに入っているテニス部の連絡網を友達の家のゴミ箱にわざわざ捨てずとも済んだのに。(片っ端から電話かけて布教するタイプの宗教でした)

 

というわけで、私はそれがきっかけであり理由だと思っていたのですが、どうやらそうではないのかもしれないと、こんにちに至って気づきました。

 

そもそも事の起こりは健康食品、母が次に心の拠り所としてハマったのは不倫でした。その次はヒンドゥー教だった。

つまりあの骨折自体はきっかけに過ぎず、母親の健康の不安に始まり、父の暴力と休職、とにかく心の拠り所を求めずには生きられなかったのだと思います。

 

私も花粉症があまりにもつらすぎて、ジャムーティに手を出そうとしたことがあったり、1度スピリチュアルに勧誘されて心を持っていかれそうになったりしたことがあるので、今は少しだけ母親の気持ちが理解できる気がします。

 

まあなんか、不倫はその宗教内では罪にあたる禁止事項なのでダブスタだし、拠り所として色々手を出しすぎではないかとは思いますが…。

 

とにかく母は、私と同じでかなりメンヘラ気質なところのある人だったのだろうなと思います。

私も順当に、恋愛やリストカットに依存してたりしますしね。

 

さいわい、私はなんとか周りの手を借りながら真っ当に生きようと努力しているので、メンクリに通いながらカウンセリングを受け、恋愛依存は経験を経て不健全だったと気づき、家庭とはほとんど連絡を取らず、割と健康に近づいている状態です。

 

母は、カウンセリングにも通わず、父の暴力や罵声に耐え、それでも3人の子供を養うために喘息を抱えながら働き、大変な思いをしたことは想像に難くありません。

 

私が母から受けた暴力を思えば、とうていそれを許せるとは思いませんが、仕方がなかったのだな、と最近になって思います。

 

わかりあえるとか、同じ宗教を信じるとか、そういうことではなくて、許してもいいかなと思える瞬間がたまに訪れる時があるのです。

 

首相の暗殺事件やりりちゃんの家庭環境にシンパシーを覚えてしまうような、不遇な幼少期を送ってきた凡庸な人間ですが、それでも私はいつも、ギリギリの1歩を今日も踏み外さず、真っ当であろうと生き、連休が明けたら週5・8時間きっちり働き、2ヶ月に1度カウンセリングへ通い、土日は映画を見て過ごしたりしています。

 

だから、同じように大変な幼少期をすごした人や、毎日死にたいと思いながらも必死に毎日を生きている人には、少しでも希望を持って欲しいなと思ってこのブログを書いています。

私は私なりに、日々ご飯が美味しいとか、お風呂が気持ちよかったとか、友達と話せて嬉しかったとか、ライブが最高だったとか、ひとつずつ幸せを見つけて生きています。

 

誰かに嫌なことをされてもそれが未来の世代に永劫続くわけじゃないし、私はここで憎しみの世代間連鎖を止めるつもりでいます。

 

こないだ読書会でお話した素敵なご婦人が、「台風が向こうから来るとわかっていてそこに突っ込んで行ったりしないでしょう?だからあなたは大丈夫よ」と言ってくれました。

 

私はずっと、もし私にパートナーができて子供が産まれたら、その子供に私は暴力を働いたりしてしまうのではないか、同じことを繰り返してしまうのではないかと不安に思っていましたが、ご婦人の言葉を聞いて、きっと私は大丈夫だと思うことが出来ました。

 

母親の失敗を見てきた私は、失敗を回避する知識が人よりもあるはず、そう思えたのです。

 

だから、私は時々は過去の嫌なことを思い出すけれど、それも糧にして進んでいくぐらいのしたたかさを持って生きていこうと思っています。

 

それでは今日はこの辺で。

絶対に自炊をしたくない27歳独身女の節約術

皆さんお元気ですか?左手ちゃんです。

私は少し前までブラック企業に引っかかって体調を崩してました!アハハ!

近況はさておき、転職もついに4社目!
もう後がない…!

自分のビジネススキルに自信がなくなったので今は紹介予定派遣のゆるゆるホワイト企業で総務として働いています。

前職で休職させて貰えず急に退職となったので、1ヶ月間プー太郎をやっていたせいで、絶望的に金がありません。
自転車操業も良いところ、家計はマイナスまで来ました☆

そんな左手ちゃん、追い詰められて遂に
「節約しなきゃ……!」という決心をしたのです。

ただどうしても、コスパが悪いので自炊はしたくない!!!!とか、自分の妥協できないポイント以外でやれることをやったので、暇つぶしに見ていってください。

見える化

まず家計簿アプリを使って、
・何に金がかかっているか?
・削るべき/削れる出費はどれか?
をわかるようにしないといけません。
(そうしないと対策の打ちようがないので)

▼私が使っているアプリはこれ
https://zaim.net

アプリ自体はなんでもいいですが、私はズボラなので、チマチマとレシートを見ながら手入力…はしたくない(それすると続かない)ので、なるべくクレカや電子マネーなどの自動連携ができるものを選ぶと長続きします。

②課題分析

具体例を見ていきましょう。
これは私の2024年8月の家計簿です。

なんと食費だけで6万もかかっています。
家賃と同等です。

中身を見てみると、

信じられないことにほぼUberEATSです。
舐めてますね!

こういう感じで、個別の内訳を見ていって、
出費が大きい&削れそうな箇所を探していきます。

③課題ごとに個別具体的に対処していく

◾︎食費
〜おかず編〜
食費で節約と言うと、真っ先に自炊が選択肢に上がると思いますが、冒頭に申し上げた通り、どうしても自炊がしたくない。

一人暮らしだとコスパが悪すぎるし、消費できなくて腐った野菜や食料を見ると悲しい気持ちになるのであまりしたくないのと、シンプルに平日は仕事で疲れて料理をする体力がありません。あとめんどくさい。

そこで私はある仮説を立てました。
「スーパーの惣菜でも安いものを選べば自炊よりもコスパ良い」説です。

▼参考記事
https://financial-field.com/household/entry-252398

記事を総括すると、つまり「500円以内のお惣菜なら自炊よりも節約できていると言える」です。

はい、これでお惣菜でも自炊より節約できる説が証明されました。

というわけで、500円というボーダーを気にしつつ、なるべく夕方の値引きがかかる時間帯を狙いながらお惣菜を買います。

だいたいそうすればお惣菜は300円以内に収まるので、外食したら1食1200円かかると想定すると、

お惣菜の場合:300×3×30=2万7千円
外食の場合:1200×3×30=10万8千円

として、約8万円の節約になります。

毎食外食は有り得ないのでおおげさな見積もりですが、2024年8月の食費と比較し、

なんということでしょう…。
今月はなんとか1万4千円までに収まりそうです。

他にも色々しましたが(以下)、外食をお惣菜にするだけで月3万は確実に減らせます。

〜お米編〜
チンするご飯を卒業し、流石にお米は炊くようになりました。
無洗米はめちゃくちゃ楽なのでオススメです。

かといって冷凍するためにラップでくるむ工程は踏みたくないので(めんどい)、1食分のご飯が冷凍保存できる容器を買いました。
https://item.rakuten.co.jp/smile-gd-ex/ik-1832-10-ck/?scid=wi_ich_iphoneapp_item_share

チンするご飯の場合:1食126円
お米炊く場合:1食50円
なのでおよそ2分の1。

〜朝ごはん編〜
今のところ朝ごはんの最適解はフルグラです。
節約にもなるし栄養もとれる。
何より時短。
早起き苦手なのに化粧しないと外に出れない私にとって救いの神。
50g1食とすると1食あたり約50円です。

〜出社日の飲み物編〜
会社のウォーターサーバーを使い倒そう!
健康にもなれるし一石二鳥ですね!
出社日1ヶ月10日×500m2本 360= 3600円がゼロ円にできます。
フル出社の場合は7200円なので結構な節約効果です。

◾︎固定費
目を皿にして探したところ、削れるデカ目の固定費が一つだけ。
そう、携帯料金です。

27年間ずっと見て見ぬ振りをしてきました。
具体的に言うと、auショップで勧められたプランを何も考えずそのまま利用していた感じです。

というわけで、auからpovoに乗り換えました。
月9000円の出費が2000円まで落ちたわけです。
まあまあデカいですね。

えーこんな感じで、分類ごとで具体的な打ち手を積み重ねた結果、月40万ほどの出費から、月20万ほどの身の丈に合った出費額に落ち着きました。
ヨカッタネ!!!

推しに貢ぐにも金が必要だし、奨学金の残債もあるし、メンタルを壊すと金はべらぼうにかかるし、地味な節約で明日を生き抜くしかないようです。

一人暮らしって金かかるけど、自由気ままでいいよね。
気楽な暮らしを気楽なまま続けるために、日進月歩でこつこつやっていきます。
それでは!

りりちゃんの手記を読んで思ったこと

打倒☆希死念慮
こんばんは。左手ちゃんです。

突然ですが、ネットで話題のりりちゃんの手記を読みました。

読んでしまったら絶対に引っ張られるだろうなと思いながらも、読まずにはいられませんでした。

犯罪は絶対にしてはいけないということは前提でのお話だし、ここから先は私の個人的な感想です。


りりちゃんはきっと、「何が正しくて何が間違っているか」を教えて貰えずにここまで来てしまったのだろうなと思いました。

手記を読んで思い出したのは、私が小学校の頃だったか中学校の頃だったか、色んなことを教えてもらった、リカちゃんという友達がいたことです。

リカちゃんは私に色んなことを教えてくれました。

忘れ物をしないためには前日に準備が必要なこと、お風呂には毎日入らないと不潔になってしまうこと、長い髪の毛はくしで梳かさないとサラサラにならないこと、歯磨きをしないと口が臭くなって他人に不快な思いをさせること、そういう生活の基本的なことを、その子に教わりました。

その子に教わるまで私は、何も分かっていなかったから、「どうして家でも学校でも、毎日怒られちゃうんだろう」と思いながら過ごしていました。

それで、その子の言う通りに生活したら、先生が「○○さんは変わったね!」と褒めてくれて驚いたことを覚えています。

リカちゃんはきっと、ローラースケートとか、その時流行っていたおもちゃはだいたい持っていたし、歯の矯正もしていたし、裕福で育ちが良く、真面目な子だったのだと思います。

そんな子がたまたま私に目をつけて、「こいつを変えてやろう」と思ってくれたのは、今思えば私はとても運が良かったのだと思います。(改造計画のようなもので、リカちゃんも張り切っていた気がします。)

その子に色んなことを教わるまで、毎日宿題を忘れて先生に怒られて反省文を書いたり、髪の毛はボサボサでシラミが付着していてプールに入れないし、口が臭くて不潔だったけど、そんなの誰も教えてくれなかった。

だから、気軽にわかるなんて使っちゃいけないと思うけど、りりちゃんが「そんなのだれも教えてくれなかったよ」って憤る気持ち、すごくよく理解できるつもりでいる。

ほんとうはいちばん安全なはずの家庭で、「死ぬかもしれない!」という体験をすると、倫理観って無くなっちゃうんだって、ほとんどの人は知らないで生きているんだと思う。

家で犯罪が横行してるのに、倫理観壊れないわけないから。

長期的に懇々と言われ続けて、認知が徐々に修正された(これも有難いことに友達のおかげで)けど、母親が不倫している事実を、私は良くないことだとわかっていなくて、長いこと「不倫はしかたないこと」だと思っていた。

一度でも母親がそう説明したことはないけど、あまりにも母親が堂々としすぎていて、私が勝手に「ああそうか、この人は旦那から暴力を受けているから、そういうことがないとやっていけないんだ」と勝手に理解して、大学生の頃くらいまではずっと「不倫は可哀想な人はやってもいいこと」だと、そう思ってた。

今は、いくら旦那が暴力したり怒鳴ったりするからって、じゃあ倫理に外れた行いをしてもいいかと言うと良くないって理解できるけど、あまりにも母親が堂々としすぎていて、ダメな事だって理解できなかった。

何がダメなのか理解できなかったから、向かいの家の幼なじみのお母さんにも話しちゃったし(今思うとどんな気持ちで聴いてたのか怖くなる)、不倫報道をみても「この人はパートナーに恵まれなかったからそういうことしちゃったのかな、なのに叩かれるなんて可哀想かも」という感想しか抱けなかったし。

私がいつになっても罪を犯した人達に同情を寄せてしまうのは、そういう理由がある。

犯罪は絶対にダメだとは思うけど、自分と同じようなバックグラウンドを持っている人を見かけると、全く他人事とは思えなくて、私も一歩外れたら、その道だったかもなと今でも思う。

外から批判しているような人達は、多分そういう道を通ってきてないんだと思うし、それはある意味幸せなんじゃないかと思う。

それと同時に、私も何が正しくて何が間違ってんのか、誰も教えてくんなかったから、一時期しっかり学校で集団いじめに遭ったりもしたけど、それでも死にたくなりながらも罪を犯さずに生きてるって、結構えらいのかもなって思う。

私は親に、自分が学校でいじめられてることを相談すらもしなかったけど、なんでかっていうと、当時親もいっぱいいっぱいだから話す気にもなんないし、話しても宗教の話に持っていかれちゃうから、無駄だって思ってたからだし(信心が足りないとか、そういう話になってまともなアドバイスが貰えるわけがないから)、だから私は悩みを人に相談するのが苦手なんだろうなと日々思うんだけど、そんなこと考えたってしょうがないよなとも思う。

悩んでても明日は待ってくれないしいつも同じように朝は来るから。

だから少しでも相談できる人を増やして、希死念慮を小さくするしかない。
ずっと頑張ってきて心が何回も折れそうになった(ていうか何回か折れた)けど、なんとか週5・8時間労働で正社員続けられてるよ。

これってすごいことだよね。
もっと自分を褒めていいかもって思った。

なんか結局自分語りのネタみたいにしたみたいな感じで着地してしまったけど、こういう、家庭環境が悪すぎたせいで罪を犯してしまった人、とにかく1人でも減って欲しいし、手記読んで、「福祉!!公的権力!!機能しろ!!!」と怒ってしまい、最終的に文章を書かずにはいられなかったんだよ。

罪を犯さずに生きているだけでみんなえらい。
だからせめて自分の手の届く範囲、大事なともだちや尊敬する上司には絶対に無理してほしくないなって毎日思う。

祈るだけじゃ社会は変わらないとわかってはいても、祈らずにはいられないよね。

もちろん祈るだけじゃなくて、選挙にも行くし、然るべき団体に寄付もしているけど、自分の小さな行動では社会を変えるのに限界があるから、せめて自分の大切な人だけは、日々を健やかに生きていて欲しいと、切に願います。

生存報告

生きてるだけで、黒歴史

どうも、左手ちゃんです。

 

今回の記事はタイトル通りです。

マジで生きています。

 

1社目でパワハラセクハラオンパレードだったときも、2社目でトラウマ存在にぶちあったときも、3社目で2社目と同じようなことになって自己肯定感どん詰まりになって首絞めて1回気絶したけど、なんとか生きてるよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

だから何があっても何とかなるし、世界は嘘みたいにあたたかくて、私に優しいらしい。

 

昨日は出社しようと思ってオフィスの最寄り駅まで来たのに、急に息が出来なくなって過呼吸の発作を起こしてしまい、コンビニの横の人がいないところで、雨が降っていて寒くて最悪な状況で、とりあえず上司に「うごけません やすみます」と残った理性で何とか連絡をして、泣きながら1人で地べたに座ってうずくまってた。

 

カウンセリングの先生に聴いたら、トラウマの記憶は普段我々が会話してる大脳皮質ではなくて、脳幹(大脳皮質より優先される、危険を回避する本能みたいな部分)に刻まれてるから、それには逆らえないんだそうな。

 

私は結局頑張って会社に向かおうとしたものの、トラウマ存在がいるオフィスにはその日行けなかった。

 

泣きながら1人でうずくまっていたら、通りすがりの女の人と、コンビニの店員さんがいつの間にか目の前にいて、「大丈夫?救急車呼びますか?」と言うので、私は救急車を呼んでも意味が無いことは経験上わかっていたので、「大丈夫です」とだけ答えた。

 

2人の通りすがりの良い人達はとにかく良い人達で、コンビニの店員さんはティッシュを持ってきてくれ、女の人は白湯を持ってきてくれて、私はとにかくその優しさを享受するしか無かった。(それを受け取って返すほどの余裕がなかったとも言える)

 

途中しばらく落ち着いてから、ようやく、

・私は会社に行く途中で動けなくなったこと

・会社に苦手な人がいること

を説明した。

 

そしたら、コンビニのお兄さんが

「僕もなあ、昔適応障害だったんよ。

だからね、すごくよくわかるよ。

頑張ってここまでよく来たね。」と褒めたたえてくれた。

 

私は優しさを冷静に受け取る能力もないので、その優しさに感動してさらに泣き出してしまってお兄さんを困らせたが、お兄さんは優しいことに、コンビニのイートインの利用を申し出てくれた。

 

通りすがりのお姉さんはいつの間にか増援を呼んでいて(おそらく会社の同僚)、「誰か呼べる人はいる?おうちのひとは?」と聴くので、私は勢いよく首を横に振って「家族とは上手くいってなくて…」と話した。

 

するとお姉さんは、

「私もね、母親と10年前に絶縁してるからわかるよ!」と力強く同意してくれたのだった。

 

こんなことってある???

奇跡じゃないか…。

 

結局落ち着いたあと、お姉さんと連絡先を交換し、改札まで送ってもらい、私は電車でよたよたと帰宅したのだが、通りすがりのお姉さんは出版社の人だそうで、絶望した人達にパワーを与えるような本を出しているとのことで、お姉さんが出版した本を無料で2冊頂き、そのうえチョコレートまで施しをしてもらい、なんだかわけがわかんないまま、夢でも見たのかと思うくらい奇跡のような話だった……。

 

白湯を飲んだらその場にいた全員が「よく飲めた!」と褒めてくれ、「あなたの体がちゃんと限界を訴えてくれてよかった」と言ってくれ、「あなたこんなにオシャレで何も悩むことないわよ!オシャレってことは自分の好きな物身につけて大事にしてるってことでしょ?未来明るいって!」と励まされ、なにがなんだか……。

 

私の人生はいつも最悪と最高が同時に襲ってくる。

嘘みたいだが全部本当の話だ。

しかも、驚くべきことに私の尊敬する叔母さんと、通りすがりのお姉さんは苗字が同じで、関西の方の苗字で割と珍しいのだが、ものすごい縁を感じた。

 

というわけで私は他人の善意を浴びながら何とか生きている。

 

とはいえ、このエピソードが私の命を決定的に救ったということはなく、私ごときのために上司方々が動いてくれ、私の苦手な存在との接点をほぼゼロにすることを約束してくれたことが、今回私の命を救ったので、そこは忘れないようにしておきたい。

 

いつも以下のような負のループにハマると、坂から転がり落ちるようにネガティブになってしまうので、自身の振り返り&戒めとして記録しておく。

 

人間関係で課題にぶち当たる

→対人スキルの低さに自己肯定感が下がる

→仕事を辞めたくなる

→収入無くなると死ぬしかないと思い込む

※ネガティブ思考による視野狭窄

※選択肢は無限にあるが見えていない

→なんてダメな人間なんだと思い込む

※これ以降、無価値感で人に相談出来なくなる

→うつになり身体に不調が出始め仕事を休む

→人に迷惑をかけている罪悪感で押しつぶされそうになり趣味も楽しめなくなる

希死念慮との戦い

※この辺りから悩みを冷静に言語化できず何で死にたくなっているかもわけわかんなくなっている

→苦しみからの逃避としてリストカット

※自己嫌悪と一時的な快楽への依存

→自殺企図

※生きていること自体への苦しみからの逃避

リストカットしたことによる激しい後悔と自己嫌悪

※生育環境に起因する苦しみによって起こる対人関係の問題への自己嫌悪を終わらせて楽になりたい気持ち等

 

自己肯定感が下がりすぎると、「世界が怖すぎる・みんなに嫌われている気がする・誰も自分のことを愛していない気がする」の世界観に支配されてしまい、「死ぬしかない!」という強い思い込みに頭を支配されてしまう。

あとナチュラルにちょっと薬を飲みすぎたのも良くなかったかもしれない。(こないだ貰ったばかりの抗不安薬が気づいたら半分無くなってた)

 

そして、ここで黒歴史として今回の遺書を晒しておこう。

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※こういう陰惨なメンタルでした↓

 

本来課題にぶち当たった時、気軽に相談出来れば良いのだが、私はとても人に頼るのが苦手なため、自分で勝手に抱え込んでいつも自爆してしまう。(上司からすると絶対に迷惑だと思うのでマジでやめたいし、早く相談した方が絶対に良い……)

 

なので今年の目標は死なないことと、死にたくなる前に早めに相談することです。

 

今回のことで気づいたのですが、自分の場合、謝る回数が極端に増えるとアラートで、悩みを冷静に言語化できなくなると〜BADEND〜になるようです。

アラートの時点で気づいて行動に移せればベストですが、だいたいこういう状況の時は悩みが多かったりするので、原因特定が難しいんですよね…。

 

本当に上司に恵まれたおかげさまで、今回もどうにか生き残ることが出来ました。

 

あと、今回再認識したのは、思ったより自分が周りの人から心配されていたらしいということでした…。(別に事情は説明しておらず、表面上の事実としては数日お休みを頂いていたのみなのですが)

 

何人か連絡をくれた人がいたのと、上司からきいたのとそれぞれですが、自分にそのような価値があると思っていなかったので非常に驚きました。(そもそも入社してそんなに経ってないし)

 

自分にとってはふしぎでもあり、嬉しくもあり……。

本当に有り難い話だと思うので、声をかけてくれた人たちには改めてお礼の連絡をしたりしました。

 

あとともだち!

ごめんいつも!!!!!

楽しいことちゃんと考えて生きるから許して!!!

いっぱい約束してるしそうだよねしんじゃだめだよねって思った……ごめん……。

 

何回やっても学ばないんだこいつは。

よく皆付き合ってくれてると思うほんと。

申し訳ないけどたぶんまたしにたくなったら、電話させてほしいよ。

今度はちゃんとしのうとする前に連絡するから。

見守ってくれてる人いつもありがとう。

なんとか今日もしにたくなりながら生きるよ。

 

追伸:

ピアスを開けました。

「痛いのやだなあ」と思っていたのですが、冷静に考えたらリストカットより全然痛くなかったです。